
エンタープライズ攻略は組織攻略にあり
~ヨミの精度が劇的に変わる、構造で捉える組織営業攻略の全貌~
エンタープライズセールスは、複数のステークホルダーを動かしながら長期の商談を前に進めていく、高度な実践知が求められる仕事です。しかしその知見の多くは個社の中に閉じたままで、同じ失敗や試行錯誤が業界全体で繰り返されているのが実情です。こうした状況を変えたいという思いから、弊社セールスリクエスト代表の原が立ち上げたのが、抽選・招待制コミュニティ「エンタープライズセールス研究会」です。
エンタープライズセールスに携わるリーダー層が集い、実践知を持ち寄りながら課題を共有する場として今回その第1回を開催することとなりました。本記事では、その第1回に先立ち「エンタープライズにおける組織攻略」をテーマに株式会社シンカで執行役員を務める柳田氏へ事前インタビューを実施しました。
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「担当者は前向きだったのに、なぜか失注してしまう」
エンタープライズセールスに携わる人なら、一度はこの壁にぶつかったことがあるのではないでしょうか。この問いに明確な答えを持つのが柳田栄一氏です。リクルートで約7年間HR領域の法人営業を経験したのち、Sansan株式会社に約11年在籍。社員70名規模から2,000名規模への急成長を不動産・建設業界向けのバーティカル戦略を軸としたエンタープライズセールスの最前線を駆け抜けてきました。
現在は株式会社シンカで、執行役員 モビリティ事業部事業部長 兼 市場開発部部長を務めています。

株式会社シンカ 執行役員 柳田栄一氏
今回はセールスリクエストの原が聞き手となり、エンタープライズセールス攻略の本質についてじっくりと伺いました。
話の軸になったのは「組織を1つの人格として見ない」という考え方です。1人を口説けば決まる商談と1,000人を巻き込まなければ決まらない商談は「そもそも別の競技である」。その前提に立ち、現場で使える「インフルエンスマップやバイヤー相関図」の具体的な運用法から、ヨミを感覚から構造に変える案件確度管理まで、実践知を惜しみなく語っていただきました。
エンタープライズセールスの鉄則:なぜ良い商談ほど失注するのか
原: 柳田さんは、リクルート、Sansan、そして今のシンカと環境を変えながら、ずっとエンタープライズセールスの最前線に立ってこられていますよね。多くの企業が辿るのは「SMBで実績を作ってからエンタープライズへシフトする」という王道ルートだと思います。企業がエンタープライズを目指す理由とそこに潜む難しさから伺いたいです。
柳田: 理由は大きく2つあると思っています。1つは大きなディールを取りたいということ。エンタープライズの方がパイプラインの金額が太いので、大型受注を狙ってシフトします。もう1つは事例営業のためです。エンタープライズの方が知名度が高いので、シンボリックな導入事例を作りたいという動機ですね。
柳田: ただ実際にやってみると難しいんですよ。SMBの延長線上にエンタープライズがあると思いきや、まったく違う競技だったというのが多くの企業がつまずくポイントです。例えるなら、3対3のミニサッカーと11人制のフルコートのサッカーくらい違います。同じボールを蹴っていてもルールがまったく異なるんです。
柳田: もう少し分解すると1人を納得させるゲームと1,000人を納得させるゲームの違いだと思っています。1人称で完結する意思決定は「情報収集する人」「稟議を上げる人」「決める人」「費用対効果を見る人」これら全部1人に集約されています。だから極論その1人を口説けば終わります。ところが組織が大きくなるほど、この人格がバラバラに分解されていきます。
柳田: 担当者は前向き、役員とのアポも取れたのに最終的に失注するのは、たいていこの合意形成のどこかに抜けがあるからです。埋めなければいけないパネルがあって、そのうちの1マスが薄い、あるいは取りこぼしています。だから僕からするとエンタープライズの失注の多くは、実は失注ではなく「受注できなかっただけ」だと思っています。あと1つか2つの情報(ピース)が埋まっていれば決まっていたはずのパズルが完成しないまま終わってしまった、ということです。
原: 案件がつまずきやすいフェーズについても伺いたいです。役員のところなのか、決裁の直前なのか、それとも別のところに要因があるんでしょうか。
柳田: 基本的にはどのフェーズも重要なのですが、一番つまずくのは初期段階の「検討テーマの特定」と「推進者の特定」です。どんなに後工程が太くても、検討テーマが緩いと必ずどこかでこぼれます。例えば現場のキーマンが気に入ってくれても、それが経営会議や役員会議にかかったとき、「そもそも、なぜこれを導入するのか」という検討テーマがまとまっていないと誰かが必ず反対するんです。
「チャンピオンを探す」から「チャンピオンを作る」へ
原: 推進者の見極めについて、もう少し具体的に伺いたいです。営業企画や経営企画の担当者が、上から言われたことをそのまま右から左に流しているだけ、というケースもありますよね。良い推進者を見抜くコツを教えてください。
柳田: 正直、会って話してみないと分からない部分は大きいです。「表向きは良いが本音は違う」というぐらい表面上のいい顔と実態は乖離することがあります。ただ、キャズムの手前であれば強力なチャンピオンを探すことができますが、キャズムを越えた後のフェーズになると、そもそもチャンピオン*という存在がいないことが多いです。そうなると、チャンピオンを作るというゲームに切り替える必要が出てきます。
柳田: その人がチャンピオンの資質を持っているかどうかは、最初のラポール形成の会話で見極めます。たとえばLinkedInやFacebookなどで事前に調べた経歴で「3年前に前職から転職された」といった情報を呼び水にして、過去・現在・未来を紐解いていきます。過去にどんな経緯を経て今の会社にいて、今どんなミッションを担っているのかを聞くと、その人の「未来のWill」が見えてきます。そのWillが、今回のプロジェクトの実現と重なった時、初めて「一緒に頑張りましょう」という話に乗ってきます。乗ってくる人はほぼチャンピオンになりますし、乗ってこない人には無理に頼らず、別の人にバトンを渡します。
柳田: チャンピオンになり得る人も最初から社内で稟議を上げ慣れているわけではありません。だからこちらから台本を渡すこともあります。「これを導入したら、あなたは社長賞ですよ」と伝えたり、「次はユーザー部門の◯◯さんを押さえる必要がありますが、ご存知ですか」と一緒にパネルを埋めていきます。こちらが台本を描きながら伴走する感覚に近いですね。
*チャンピオン・・・社内で自社の提案を推進し、決裁者や関係部署に働きかけてくれる“社内の伴走者”のこと。単なる窓口担当者ではなく、自らの意思で案件を前に進めようとする推進者を指します。
相手ごとに言葉を変えることの重要性
原: エンタープライズセールスの鉄則として相手ごとに話す内容を変える必要があるとよく言われますよね。推進者、役員、現場ユーザーで実際にはどう変えているんでしょうか。
柳田: 車の営業に例えると分かりやすいと思います。アルファードが良い車だということは、みんな知っています。でも、それをどう伝えるかは相手によって変わります。奥様には「燃費が良いんです」と財務バイヤーとして捉えるわけです。旦那様には「ステータスがある」「周りからかっこいいと言われますよ」と見え方から入ります。大学生の息子さんには「3年後には乗れるかもしれない」と未来のユーザーとしての視点で語りかけます。1つのプロダクトを多角的に見て、相手にフィットする言葉に変換する必要があるんです。ただ「人気の車です」と言うだけでは売れません。
柳田: そして、この見立てが当てずっぽうにならないためには、事前のヒアリングが欠かせません。過去に似たようなサービスを導入したことがあるか、その企画は誰が発起人だったか、成功体験・失敗体験はどんなものだったか、これを聞いておくと地雷を踏まずに合意形成を進められます。
原: たしかに、そこを外すと地雷を踏みますね。事前に押さえておくべき情報として、他にはどんなものがありますか。
柳田: 大きく「個人のニーズ」と「組織のニーズ」の2軸に分けています。個人のニーズは、その人がどんな人物なのか、趣味嗜好や共通の知人など、パーソナルな情報です。組織のニーズは、会社が目指したい方向性でホームページなどから把握できます。多くのエンタープライズセールスは組織のニーズだけで押し切ろうとしがちですが、それを個人のニーズにまで翻訳して、その人自身の言葉に乗せてあげないと相手には響きません。個人と組織、両方のニーズを紐づけることが重要なんです。
インフルエンスマップやバイヤー相関図とは:超簡易版でいい理由
原: 組織攻略の鍵として「インフルエンスマップ」「バイヤー相関図」という言葉がよく使われますよね。ただ「バイヤー相関図」で検索すると、やたら複雑な相関図がたくさん出てきます。初めて聞く読者に向けてシンプルな説明をお願いします。
柳田: 「インフルエンスマップ」「バイヤー相関図」は商談に関わる社内の人物を、決裁者・推進者・担当者・反対者といった役割ごとに整理し、それぞれとの接点状況(会った人・会いたい人・会わなくていい人など)を可視化した図のことです。ただインフルエンスマップやバイヤー相関図を真面目に作るのが本当に大変なんですよ。しかも作り終わったと思ったらプロジェクトが終わっているなんてこともあります。
簡易版バイヤー相関図(サンプル図)
原: この図、実際の運用が気になります。役割ごとに誰が中立で誰が反対しているかは、どう可視化していくんでしょうか。
柳田: 会った人をそのまま入力していきます。まだ会っていないけれど会いたい人、会わなくていい人も同様に埋めていきます。色分けなども特にしていません。刑事ドラマでホワイトボードに相関図を書きながら「これは誰だ」と推理していくのと同じ感覚ですね。パワーポイントで綺麗に作り込む必要はなく、ホワイトボード1枚で十分です。
原: このシンプルな相関図があるだけで、営業の負荷はかなり下がりそうですね。フォーキャスト*のミーティングにも良い影響がありそうです。
柳田: 誤解のないように言うと、このマップ自体が受注を保証するものではありません。正直たくさん会っているから絶対に確度が高いわけでも、少ないから低いわけでもありません。ただ会えば会うほど確度は高まっていく傾向にはあります。あくまで1つの材料だと思ってください。
*フォーキャスト・・・営業組織における受注確度の予測・集計のこと。個々の案件がどれくらいの確率で受注に至りそうかを見積もり、チームやマネジメントですり合わせるプロセス(フォーキャストミーティング)を指しています。
案件確度を感覚から構造に変える
原: 次はフォーキャストの仕方について詳しく教えてください。一般的な「Aヨミ・Bヨミ・Cヨミ」のような主観的な案件管理と柳田さんが実践してきた案件管理は何が違うんでしょうか。
柳田: Aヨミ・Bヨミ・Cヨミという括りは、担当者の主観に依存してしまい、ブレが大きすぎるんです。極端な話、Cヨミは「受注率30〜70%」のように幅が広く定義されることもあります。そうすると、みんな安全を考えてCヨミに案件を置いてしまいます。それでは正確な予測になりません。そこで受注までのプロセスを誰が見ても客観的に分かる領域に変える必要があります。私が実践してきたのは、案件を7フェーズ(7段階)で管理する方法です。
7フェーズ全体像
柳田: 重要なのはフェーズ2の課題(検討テーマ)と推進者の特定です。ここが緩いと、後工程がどれだけ整っていても、必ずどこかでこぼれます。フェーズが進むにつれて、あらかじめ聞けていなければならない項目、いわゆるBANT情報(予算・決裁権・必要性・導入時期)が細かく定義されており、その項目を全て聞けた状態で初めて次のフェーズに進める設計になっています。
柳田: そして、各フェーズには期待収益の係数を設定します。フェーズが進むほど係数が上がるので「Aヨミは90%なのか80%なのか」といった不毛な議論がなくなり、ファクトベースでどこまで進んでいるかが分かるようになります。
原: フェーズ管理だけでなく、さらにヨミの概念も組み合わせているとお聞きしました。
柳田: リクルート時代の経験も踏まえてですが、フェーズだけだとファクトベースが聞けているかは分かっても営業自身の「これは決まりそうだ」という手応えまでは表現できません。そこでフェーズとヨミのダブルマネジメントをするようにしています。
柳田: たとえばフェーズ6まで進んでいるのにヨミが低いままの案件があれば「稟議はもう通っているはずなのに、過去に反対していた人の了承が取れていない」といったズレが見えてきます。逆にフェーズ4なのにヨミが高く評価されている案件があれば「それは本当にフェーズ4相応なのか」と精度を問い直すきっかけになります。フェーズとヨミのズレそのものが、次に聞きに行くべきことを教えてくれるんです。
埋めさせるためのマネジメントにしない
原: 最後に伺いたいのですが、こうしたフェーズ管理やインフルエンスマップ・バイヤー相関図を組織に定着させていく上で、マネジメント側が気をつけるべきことをぜひ教えてください。
柳田: 情報が可視化されると、マネージャーはどうしても「これが聞けていない」「これは聞けていて偉い」といちいち反応したくなるものです。でも、それをやりすぎると逆効果になります。以前フェーズがきちんと埋まっているメンバーを褒めようとしたら「プレッシャーです」と言われたことがありました。褒めているつもりが、常に監視されているという感覚を与えてしまっていたんです。
柳田: このツールは、あくまで本人が自分の受注確度を高めるために使うものであって、上司に見せるための入力項目にしてはいけません。上司が見られるくらいの距離感にとどめておかないと、現場にとって圧になってしまいます。部長層は、このデータを見て直接指図するのではなく、マネージャーへの伝え方をレクチャーする側に回るべきだと思います。営業出身の人ほど言いたがりになりがちなので、そこは自戒も込めて意識しています。
おわりに
「1人を口説けば完結する商談と、1,000人の合意形成を積み上げる商談は、そもそも別の競技である」
柳田氏の言葉には、エンタープライズセールスを経験から再現性のある構造へと引き上げるヒントが凝縮されていました。相手ごとに言葉を変える技術、チャンピオンを見極め・育てる技術、そして案件確度を感覚から構造に変えるフェーズ管理。どれも明日から現場で試せる実践知ばかりでした。
今回のインタビューでお話しいただいたのは、あくまで入り口の部分です。エンタープライズセールスに携わるマネジメント層向けのオフラインイベント「エンタープライズセールス研究会」第1回では改めて柳田氏をお招きし、ここでは語り尽くせなかった実例やケーススタディを交えながら、さらに踏み込んでお話しいただきます。
ぜひお申し込みをお待ちしております。





